文明の十字路 トルコ紀行
ガーリップ工房
カッパドキア地方を流れるクズルルマク川はトルコ最長の川で全長1355キロメートル、アナトリア東部の高地に源を発し、湾曲しながら黒海に注いでいる。
この川は鉄分を多く含んだ土砂で赤く濁り「赤い川」とも呼ばれている。この川に近いアヴァノス村では川の赤土と粘土を使った陶器作りが盛んでたくさんの陶器工場がある。
ツアーは絨緞の店を出るとトイレ休憩を兼ねて土産物店に寄り、アヴァノス村の陶器工房に向かった。案内された陶器工房は世界的に有名らしいガーリップ工房であった。
この工房も岩山を掘り抜いた洞窟の中にあった。洞窟の中は夏、冬の寒暖が少なく年中、温度、湿度が一定に保たれるので陶器作りには適しているとの事であった。
工房の入り口は狭く、中に入ると薄暗く目が慣れるまでしばし立ち止まった。工房の最初の部屋は頻繁に観光客が訪れるのか説明用に長椅子が階段状に並べられていた。
この工房を訪れる日本人観光客がいかに多いか(ほとんどの日本人ツアーが立ち寄るそうである)、ここでも流暢な日本語を話すお弟子さんが現れ、陶器が出来るまでの工程を解説し、ろくろの粘土を捏ねていたガーリップ氏を「カッパドキアのアインシュタインと呼ばれているガーリップ・キュリュチュ先生です」と紹介した。
工房の主人ガーリップ氏の風貌はぼさぼさの白髪交じりの長い髪に口髭をたくわえ、有名なアインシュタインそっくりの顔立ちであった。
この先生が有名なのは陶芸家としての腕だけではなくアインシュタインそっくりの風貌による所が大きいかも知れない。
早速、ガーリップ先生は赤い粘土をろくろの台に載せ、自ら足踏みのろくろを回して陶器作りの実演を始めた。
さすがにプロ、粘土に手を添えただけで粘土が生き物の如く動いて形が整えられてゆく。最初にポットの胴の部分を作り、次に注ぎ口を作り、蓋を作り、持ち手を作り、そして、これらの部品を結合させた。最後に蓋を載せるとこれがピタッと納まった。僅か十数分で小さなポットが出来上がった。まさに、神業である。
次に案内されたのは絵付けをする部屋であった。若いお弟子さんが四~五人真剣に絵付けしていた。それはトルコの国花チューリップをモチーフにした繊細な図柄であった。
その内の一人が少し日本語を話せると知り、絵皿の絵柄について質問すると、彼らは各国の美術冊子を取り寄せその中から参考になる絵柄を選び出し、その絵柄を基にデザインして飾り皿に模写しているのであった。
彼は日本人と知っての事と思うが積み上げられた美術冊子の中から桃山時代の着物、屏風絵を収録した冊子を取り出し、これらを参考にして絵付けを行なっていると語った。
トルコの陶磁器は青や赤を基調とした色彩の美しさと繊細な図柄が特徴でそのデザインに日本の着物、屏風絵を参考にしていると聞かされ少々驚いた次第。
次に案内された広い部屋は展示即売場であった。妻がトルコ旅行の記念に是非一枚購入したいとせがむので、壁に掛けられた絵皿を選んでいた。
眼に留まった絵皿を見つめていると早速、日本語を流暢に話す店員が近付いて来て、眼に留まった絵皿を壁から取り外し、「ここに飾ってある絵皿は全て先生の作品です。絵皿の裏に先生のサインが書かれています。」値段を聞くと日本円で一枚数万円から十数万円の高価な絵皿ばかりであった。
予算に合わないので弟子の描いた手頃な価額の絵皿で良いと伝えると次の部屋に案内された。見れば素人眼には師匠と変わらない出来栄えの絵皿が大小数十枚壁にずらっと飾られていた。値札を見ると手頃な値段なのでこの中から選ぶ事にした。
その内の二枚が眼に留まった。一枚はトルコブルーのトルコらしい絵皿であった。もう一枚はチューリップをモチーフにした繊細なタッチで細かく描かれた華やかな絵皿であった。
妻はトルコらしいトルコブルーの絵皿より我が家には華やかな絵皿の方が見栄えがすると云って華やかな絵皿を選んだ。
日本語が巧みな店員は絵皿の裏を見て「これは先生の作品です。間違えて紛れ込んだようですが値札の通りで結構です。なかなかお眼が高いですね。」とお世辞と思うが褒められて絵皿を一枚購入した次第。