トロイ戦争 文明の十字路トルコ旅行記 

文明の十字路 トルコ紀行

トロイ戦争

 チャナッカレからトロイに向かった。トロイまでおよそ30キロ、この間、現地ガイドのベルマさんはギリシャ神話に登場するトロイ戦争の話を延々と語った。良く憶えているものだと感心させられた。

 彼女が話したトロイ戦争は紀元前1275年~1240年頃と推定されているギリシャとトロイが戦った物語である。彼女が話した内容を補足して書き綴ると次の様な物語である。

 アルゴ船の乗組員の一人であったペーレウスはポセイドンの求婚をも退けた難攻不落の海の女神テティスを口説き落として結婚する事になった。(アルゴ船とはイオルコス国の皇子イアソンが金の羊の毛皮を求めて五十人の勇者と共に船出したギリシャ神話に登場する船。)

 この結婚式に多くの神々が招かれ、神々は結婚祝いに数々の贈り物を与えた。鍛冶の神、ヘーパイストスはペーレウスに甲冑を贈った。(この甲冑は息子のアキレウスに伝えられる)

 この結婚式に招かれなかった神がいた。争い好きで乱暴な女神エリスであった。エリスは式場に押しかけ金のりんごを食卓の上に放り投げ「一番美しい女神に」と云い捨てて立ち去っていった。

 このりんごに飛びついたのはゼウスの妃ヘーレー、愛と美の女神アプロディーテー、智恵の女神アテーネーの3人の女神であった。3人は互いに自分が一番美しいと云って譲らず決着がつかなかった。そこで3人はゼウス(ギリシャ神話の主神)に裁定を仰いだ。

 しかし、ゼウスはこんな争いに判断を下して一人を選べば他の2人の恨みを買うので何も語らず、若いトロイア(イリオス)の王子パリスに裁定を委ねた。

 若いトロイアの王子パリスは王子の身分で有りながら山で羊飼いをしていた。なぜなら、パリスの母、王妃ヘカベーはパリスを身ごもっていた時、自分が松明たいまつを生んでその松明が町中を燃やし尽くす夢を見た。この夢を占ってもらうと生まれてくる子供は国を滅ぼす禍のもとになると云う不吉なものであった。

 そこでパリスの父王プリアモスは生まれた我子を家来に託し何処かで殺せと命じた。家来はイーデー山に入り殺そうとしたが赤子を殺せず山に置き去りにした。その赤子は牝熊に育てられた。この事を知ったプリアモスは成長した後もイーデー山にとどめ山中で羊飼いを続けさせた。

 3人の女神は私を選んで下されば贈り物を差し上げたいとパリスに懇願した。ヘーレーは「自分を選んでくれたなら貴方に世界の支配権を与える。」アテーネーは「あらゆる戦いに勝利とそれに相応しい叡智を与える。」アプロディーテーは「世界中で一番美しい美女を与える。」と3人の女神は約束した。

 パリスは羊飼いの身に富や権力や名誉は必要ではないと云ってアプロディーテーの贈り物を受け入れた。(この裁定を「パリスの審判」とも「不和のりんご」とも呼ばれている。)

 アプロディーテーが与えると約束した世界一の美女はゼウスとレーダーの娘でスパルタ王メネラーオスの妃ヘレネーであった。パリスはアプロディーテーに連れられてスパルタに行き、王の留守の間に王妃を巧みに誘惑してトロイアへ連れ帰った。

 この事態にスパルタ王メネラーオスは激怒しかつてのヘレネーの求婚者であったギリシャ諸国の王に救援を求めた。救援を求めるのには訳があった。ヘレネーは絶世の美女で大勢の求婚者がいた。ヘレネーに求婚したギリシャ諸王は皆で誓約を交わした。

 それは誰が選ばれても将来にわたって彼女を守り、選ばれた者の権利を守り、これを犯す者があれば擁護すると云う誓約であった。

 この誓約に基づきスパルタ王メネラーオスはかつての盟友オデュッセウス(英語名ユリシーズ)らにヘレネー奪還の為の連合軍を要請した。この連合軍にオデュッセウスは勇者アキレウス(アキレス)を連れて行く事を要請した。

 アキレウスの母、テティスは息子がこの戦いに参加すれば生きては帰れないかも知れないと思い息子を隠したがオデュッセウスに見つかり遠征に参加するよう説得された。アキレウスも母の忠告を無視してトロイ戦争に行く事を承諾した。

 こうしてトロイ戦争が勃発し神々を巻き込む争いとなった。アプロディーテーはトロイアに味方したが女神のヘーレーとアテーネーは当然の事としてギリシャに味方した。ゼウスやアポロン(ゼウスの御子)は時にはギリシャに味方し、時にはトロイアに味方した。

 そしてこの戦争は九年間続きます。ホメーロスはこの戦争を題材にして長編の叙事詩「イーリアス」を記している。「イーリアス」を読むと神々が戦争ゲームを楽しんでいるようにも読み取れる。(イーリアスとはトロイの別名)

 ギリシャ側の総大将はメネラーオスの兄アガメムノーン、トロイア側はパリスの兄ヘクトールであった。戦況は一進一退であった。

 ある時、ギリシャ側がトロイアの娘達を数人捕らえた。引見したアガメムノーンはその中のクリュセースを自分のものにし、アキレウスはプリセイスを自分のものとした。

 ところが、クリュセースはアポロンの巫女であった。アポロンはこれを怒りギリシャ軍を妨害した。アキレウスはアガメムノーンにクリュセースを解放する様、説得するとアガメムノーンはそれならプリセイスをよこせと応じた。

 アキレウスは怒ったがプリセイスをアガメムノーンに差し出し、自分は帰還すると告げて船室に閉じ篭った。こうしてアキレウスは戦線から離脱しギリシャ側は劣勢に立たされた。

 アキレウスの親友、パトロクロスが説得してもアキレウスは応じなかった。そこでパトロクロスは鍛冶の神ヘーパイストスがアキレウスの父、ペーレウスに贈った甲冑を着て戦う許可をアキレウスに求めた。アキレウスは応諾しパトロクロスはアキレウスの軍勢を率いて戦場に赴いた。

 トロイア軍はアキレウスが攻めて来たと思い総崩れになって敗走した。こうして戦況は逆転しパトロクロスはトロイア軍を追撃した。

 しかし、トロイアの大将ヘクトールは踏み止まり、パトロクロスと一騎打ちになった。この時、気まぐれなアポロンはヘクトールに味方しパトロクロスは討ち取られヘーパイストスの甲冑もヘクトールに奪われた。

 パトロクロスが討ち死にしてヘーパイストスの甲冑がヘクトールに奪われたと知った、アキレウスの母テティスはすぐさま鍛冶の神ヘーパイストスの許を訪れ、事情を説明してアキレウスの為に前の甲冑よりもっと頑丈な甲冑の制作を懇願した。

 新しい甲冑を受け取ったアキレウスは身代わりとなって討ち死にしたパトロクロスの為にも戦場に戻る事を決意しアガメムノーンの許を訪れ和解して再び共に戦う事になった。こうしてギリシャ軍の総攻撃が始まった。

 アキレウスはトロイア王家の一人アイネイアースと死闘を演じていた。天上の神々もこの戦いを見守っていた。そしてどちらに肩入れして勝たせるか神々も二派に分かれて言い争っていた。

 アイネイアースは青銅をめた槍を持って、お互いに相手を試してみたらどうだと叫んで、どっしりとした槍を構えた。アキレウスはいささかひるんで、楯を体からいくらか離して捧げ持った。というのも、意気軒昂たるアイネイアースの、長い影を曳く槍先が、らくらくと楯を突き通して入ってくると思ったからであった。

 アイネイアースが打ち込んだ槍は槍先の鋭さに楯は高いうなりの音を立てて防いだ。アキレウスの楯は神々の贈り物で黄金の5枚の板で作られていた。アイネイアースの鋭い槍先も黄金の板に遮られ5枚の板の内、2枚しか突き通せなかった。

 つづいて今度はアキレウスが長い影を曳く槍を投げに掛かった。アキレウスの投げた槍はアイネイアースが高く掲げた楯を貫きアイネイアースの後ろの地面に突き刺さった。アイネイアースは楯を貫かれて恐ろしくなった。アキレウスはひるんだと見て剣を抜き雄叫おたけびをあげて躍りかかった。これを見たアイネイアースは大きな石を手に持ち突進してくる相手に投げつけようと構えた。

 天上でこの戦いを見ていた神々もまもなくアイネイアースはアキレウスに討たれるであろうと語りあっていた。この神々の話を耳にした大地を揺するポセイダーオーンは槍の穂先の群がる合戦の中を通ってアイネイアースとアキレウスの居る場所に行き、アキレウスの両眼に濃いもやをそそぎ、アイネイアースの楯を貫いて地面に突き刺さっているアキレウスの槍を抜き取り、アキレウスの足下に置いた。そして、アイネイアースを高々と持ち上げて宙に放り投げた。アイネイアースは気がつくと遠く戦場の外に倒れていた。

 アキレウスも両眼の靄が晴れて足下を見ると自分の槍が有り、アイネイアースは影も形も無く消え失せていた。

 ベルマさんはこのあたりで話を中断し、「このお話は退屈だった様ですね、トロイの木馬まで話そうと思っておりましたが、うとうとと眠りこけている人が増えましたのでこの辺で止めます。続きは後ほど話そうとおもいます。」と話されたが、この後も皆が退屈すると思われたのかこの話の続きは語られなかった。

 ギリシャ神話のトロイ戦争の物語はこの後も延々と続いている。ホメーロスの「イーリアス」から要約すると次の様な物語になっている。

 アキレウスとアイネイアースの戦いの後、アキレウスはトロイアの大将ヘクトールを探し、一騎打ちを望んだが、アポロンがヘクトールにアキレウスの前に出てはだめだとたしなめた。

 足の速いアキレウスはトロイアの勇者を捜し求めて戦場を駆け巡った。ヘクトールの弟ポリュドーロスを見つけ、走りながらポリュドーロスの背中めがけて槍を投げた。槍は背中から腹部を貫き、ポリュドーロスは臓腑を手で押さえながら地面に倒れた。

 そして、ヘクトールとアキレウスが対決し四度もアキレウスに打ち負かされますがその都度、アポロンに助けられます。「イーリアス」には二人の死闘が事細かく記されている。

 ヘクトールもアテーネーに欺かれてアキレウスと最後まで戦う様に仕向けられ、ヘクトールも自分の運命を知りつつ戦い遂にアキレウスに討たれます。

 勝利したアキレウスはヘクトールの死体を戦車に縛りつけ引き摺り回します。これを不憫に思った父王プリアモスはたった一人の従者を連れて、夜ギリシャの陣営を訪れ、アキレウスに土下座してヘクトールの遺体を返してくれるよう懇願し、アキレウスも老王の姿に涙を誘われ遺体を返します。

 ヘクトールが討たれて劣勢となったトロイアは城に立て籠もって最後の抵抗を試みた。そんな中、アキレウスはプリアモス王の娘ポリュクセネーを見初め、彼女に求婚を申し出た。

 プリアモス王はもしポリュクセネーがアキレウスと結婚してアキレウスが義理の息子になればギリシャとトロイアの和平を仲介し成立させてくれるかも知れないと淡い期待を抱きこの縁談を進めた。

 しかし、パリスは和平が成立すればヘレネーをギリシャに帰さなければならない為この結婚に反対した。そして、パリスは足の速いアキレウスの弱点を知っていた。

 パリスはポリュクセネーとアキレウスが密会する機会を待ち、二人が会っている場所に忍び寄ってアキレウスのかかとに毒矢を放ちアキレウスを殺した。

 ポリュクセネーは目の前でアキレウスが殺され泣き崩れて発作的にアキレウスの踵に刺さった矢を引き抜き自分の胸に突き立てて自殺した。

 アキレウスが死に危機感を抱いたギリシャはヘラクレスの弓を持っているピロクテーテスを戦場に呼び出しパリスを射るように命じた。ピロクテーテスの放った矢は見事にパリスを射抜き、パリスは絶命した。

 一方、パリスに付いて来たヘレネーはパリスが殺され何とかギリシャに逃げ帰りたいと思っていた。その様な時、トロイアの陣中に忍んで来たオデュッセイアに会った。オデュッセイアはディオメーデスと共に闇に乗じて城壁を乗り越えトロイアの守護神像パラディオンの像を盗み出しに来ていた。オデュッセイアはヘレネーの導きで本物のパラディオンを盗み出しギリシャの陣中に持ち帰った。

 パラディオンが盗まれ神の守りが及ばなくなってもトロイアの兵士は城壁の守りを固くし、そろそろギリシャの総攻撃が有るのではないかと緊張の日々であった。

 一方、ギリシャ側はトロイアの守護神像パラディオンの像を盗み出したので神の加護を無くしたトロイアは簡単に攻め落とせると踏んで攻めたが、何度攻めても城壁に阻まれ攻めあぐねていた。

 夜になってギリシャ軍は作戦会議を開いた。オデュッセイアは理解しがたい計略を述べた。彼の云うには、力ずくで何度攻めても何も成し得なかった。アキレウスが出来なかった事は誰にもなし得ない。トロイアを攻めるには狡猾な手を使わねば城はおちない。

 オデュッセイアは計略を語った。「イーデー山から松の大木を切り出し、巨大な木馬を作る。その木馬の中に勇敢な兵士を入れ、ギリシャ軍は全員船に乗り、テネドス島の島影に隠れる。トロイア軍はギリシャが引き揚げたのを怪しみギリシャ軍の野営地に来るであろう。そこでこの巨大な木馬を見て、なぜこの様な大きな木馬を作ったのか? 何故此処に残されたのか? と怪しむであろう。ここで火を付けられると作戦は失敗し、ギリシャの勇敢な兵士は焼き殺される。そうならないように、トロイア軍に顔を知られていない狡猾な兵を一人、野営地の周辺に残しておく。兵は捕らえられトロイア軍に尋問されるであろう。ギリシャ軍は「何故引き揚げたのか」と問うであろう、兵は「十年に及ぶ戦いに疲れ故郷が恋しくなり戦意を無くした」と答えよ、「何故この巨大な木馬が此処にあるのか」、「トロイアの守護神像パラディオンの像を盗んだので、女神の怒りに触れるのを恐れ、帰還する船が大嵐に見舞われないように、女神への捧げ物としてこの木馬を作った。この木馬が万一トロイアの町の中に入れられるとトロイアが戦争に勝つ事になるので絶対に町の中に入れられない巨大な像を作った。トロイア人が木馬を壊せば女神アテーネーは怒りをトロイア人に向けるであろう。」と答えよ。トロイア軍はこの話を信じ木馬を城内に引き入れ、勝利の祝杯を上げるであろう。そして夜、木馬の中に隠れていた兵士が抜け出し町に火を放ち、闇が訪れるとテネドス島から戻ったギリシャ軍を迎え入れるために城門を開くのだ。」

 こうしてイーデー山から大木を切り出して大工のエペイオスが指揮し三ヶ日で巨大な木馬を作った。そして野営地に残りトロイア軍を欺く兵を募った。シノンという若者が立ち上がり、「我が身を賭して役目を果たそう、トロイア軍が信じなければ生きながら焼き殺されるかもしれない危険を冒そう」と申し出た。

 木馬にはメネラーオス、オデュッセイア、ディオメーデス等々ギリシャの勇士五十人が乗り込み、アガメムノーンは陣営を焼き払って船団を指揮しテネドス島に向かった。

 夜が明けるとギリシャ軍は姿を消し、野営地の傍に巨大な木馬が残されていた。トロイア軍は斥候を放ち、待ち伏せを警戒しながらギリシャ軍の野営地に向かった。

 野営地に建てられた小屋は全て焼け落ちていた。ギリシャ軍が引き揚げ、勝利がもたらされたと信じたトロイア軍は城から出て木馬の周りに集まりだした。ギリシャ軍が引き揚げたと聞きトロイアの王プリアモスも駆けつけ巨大な木馬をいぶかしげに眺めていた。

 隠れていた一人のギリシャ兵が捕らえられ拷問するとシノンと名乗り、オデュッセイアが予想したとおりの質問を浴びせてきた。

 ギリシャ軍は何故引き揚げたのか、何故この巨大な木馬が此処にあるのか、シノンはオデュッセイアに教えられたとおり答えた。「ギリシャ兵は十年に及ぶ戦いに疲れ故郷が恋しくなり戦意を無くしギリシャに引き揚げた。この木馬はトロイアの守護神像パラディオンの像を盗んだので、女神アテーネーの怒りに触れるのを恐れ、帰還する船が大嵐に見舞われないように、女神への捧げ物としてこの木馬を作った。この木馬が万一トロイアの町の中に入れられるとトロイアが戦争に勝つ事になるので絶対に町の中に入れられない巨大な像を作った。トロイア人が木馬を壊せば女神アテーネーは怒りをトロイア人に向けるであろう。」とあざむき通した。

 この木馬についてプリアモスの娘、カッサンドラーはそれが危険な物である事を予知し、皆に告げようとしたが、アポロンが彼女の言葉を誰も信用しないようにしてしまった。神官のラオコーンも木馬にただならぬものを感じ市民を諫めたが誰も聞き入れなかった。

 トロイアの兵士も市民も木馬に綱を掛け地面にコロを敷いて城門まで引きづってきた。城門は木馬を通すには低く狭かった。そこで城門を壊し木馬を城内に引き入れ戦勝の宴を始めた。

 兵士も市民も酔いしれて眠りこけた頃、木馬からメネラーオス、オデュッセイア、ディオメーデスらギリシャの勇士五十人が静かに出てきた。彼らは計画通り松明でテネドス島のアガメムノーンに合図を送り、町に火を放ち、酔いつぶれている兵士を次々に斬り殺した。プリアモスも殺されトロイはこうして滅んだ。

 ギリシャ神話はこの後も続いているがトロイ戦争の結末をもって終わりにしたい。


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