文明の十字路 トルコ紀行
トルコのイスラム教
トルコに来てイスラム教に関する認識が一変した。イスラム教と云えば戒律が厳しく一切の偶像崇拝を禁じ、アフガンで行われた歴史的遺跡の仏像も破壊する過激な宗教との先入観を持っていたがトルコのイスラム教は非常に穏健であった事に驚いた。
カッパドキアの洞窟寺院にはキリスト教関係の壁画が存在し、イスタンブールのアヤ・ソフィア博物館、カーリエ博物館もオスマントルコの時代にモスクとなったがモザイク画を破壊する事無く漆喰で塗り込めた事によって蘇った。
トルコは国民の95%がイスラム教徒(スンナ派)であるがアタテュルクの政教分離政策によってトルコのイスラム教は大きく変貌したのであろう。イスラム教徒を縛っていたシャーリア法は廃止されイスラムの戒律も柔軟な解釈に変わっていった。
ガイドのベルマさんも自分の心の中に戒律が有れば形式には囚われないと話されていた。そして、イスラム教徒として守るべき一日に五回、メッカの方角に向かって行う礼拝も仕事の都合で出来ない時は心の中で礼拝すれば良いとの解釈に変わっている。
ムスリム(男性のイスラム教徒、女性のイスラム教徒はムスリマ)に義務付けられたラマダン(断食)もイスタンブールの様なトルコの大都市では戒律も緩やかでラマダンの休日を利用して海外旅行に出掛ける人達も結構いると話されていた。
イスラムには五柱と呼ばれる生活規範が有る。
一、唯一神アッラーと預言者(ムハマンド)を信じる事。
二、義務として一日五回、メッカの方角に向かって礼拝(サラート)する事。
三、一定額の喜捨を行う事。
四、ラマダン月に断食を行う事。
五、余裕と能力が有り可能ならば生涯に一度、聖地メッカへ巡礼する事。(ハッジ)
一日五回の礼拝(サラート)とラマダンそれにメッカへの巡礼はイスラム教徒にとって重要な儀式で有り戒律である。
メッカのカーバ神殿(ムハマンドが昇天した地)に向かって祈る一日の礼拝は日の出前の暁、正午、午後三時前後、日没時、夜の五回と定められている。(礼拝の時間はその土地の日の出と日の入りの時刻によって定められている。)礼拝の時刻になるとモスクの尖塔のスピーカから大音量のアザーン(礼拝への呼び掛け)が鳴り響く。
世界のムスリム(イスラム教徒)、九億人にメッカの方角を示す磁石(キブラコンパス)が世界中で市販されている。ベルマさんも忙しくて心の中で礼拝する時もメッカの方角に向かうそうである。ムスリムにとって磁石は必需品であろう。
ラマダンもイスラムにとって重要な儀式であり戒律である。戦争の時もラマダンの期間中は休戦するほどである。この様に重要な戒律もトルコの都会では仕事に差し支えるからとの理由で実行していない人々が大半との事。しかし、周りの視線が有るので遊びは差し控えるとベルマさんは話されていた。田舎では事情が異なり実行しないと隣近所から非難されるそうである。
ラマダンはヒジュラ暦(イスラム太陰暦、西暦622年7月16日の日没時を元年の初めとして奇数月は29日、偶数月は30日とした純粋な太陰暦。)の第9月に行われる。
始まりは新月の日(月が見えない状態。日本の陰暦では月の初めとなっているがヒジュラ暦では622年7月16日を起点としているので月の初めとは限らない。)とされているので新月の観測(目視)によって始まり、およそ1ヶ月後の新月の時に終わる。ベルマさんの話では予測は出来るが始まりも終わりも突然決まるそうである。
ラマダンは日の出前の礼拝の時間から日没まで一切の飲食を断ち、日没の礼拝の後、軽い食事を摂って夜の街に繰り出すそうである。ラマダンが明けると街はお祭り騒ぎになるそうです。
ムスリムにとってメッカ巡礼は生涯に一度行けるかどうかの重要な義務であり楽しみでもある。巡礼はハッジと呼ばれる巡礼月(ヒジュラ暦の第12月)に行われる。
巡礼月には世界中から数百万人ものムスリムがサウジアラビアのメッカ、カーバ神殿を訪れ周回して神に祈りを奉げる。
トルコの田舎では一生に一度はメッカ巡礼を果たしたいと願い、旅費を貯め巡礼団を組織してメッカに向かうそうであるが都会ではさほどでもないとベルマさんは話されていた。
イスラム教では飲酒と喫煙も禁じられているそうだがトルコには国民酒の「ラク」が有り、ビールも格段に美味い。ガソリンスタンドに併設された売店にはウイスキー、ブランデー、ワイン、ビールそれにラクが並べられている。
余談だがトルコのビールの銘柄にエフェス、トロイと古代遺跡の名称を借用した有名な銘柄のビールが有り青いラベルのエフェスが一番人気との事。食事の度にビールを注文したが出されたビールは何時もエフェスであった。
ベルマさんもバスの運転手も夕食には必ずビールかワインを飲み、運転手はトイレ休憩の時、チャイを飲みながらタバコを吸っていた。
考えてみるとエジプト、トルコには水タバコの歴史が有りワインは古代から醸造されていた。喫煙率を調べてみるとトルコの男性の喫煙率は42%、日本の男子の喫煙率は36%、日本よりトルコの方が喫煙率が高い事に驚いた。トルコのイスラム教は歴史的背景からか酒、タバコに寛容で有ったのかも知れない。
田舎で見掛けた女性は頭をスカーフで覆い身体の線が出ないようにゆったりとした服装で歩いている姿を良く見掛けたがイスタンブールではほとんど見掛ける事はなくほとんどの女性の服装は東京や大阪と変わらず洋装であった。男性のトルコ帽も旅行中、一度も見掛けなかった。