大峯山峯入紀行

大峯山寺

 大峯山寺は別名、山上蔵王堂と呼ばれ、吉野の蔵王堂は山下蔵王堂と呼ぶ。吉野から峯入りすると大峯山寺までに四つの門があり、門をくぐる度に身が清められ悟りに近付いていく。

 俗界と決別して峯入りを誓う最初の門が吉野の通称、銅の鳥居かねのとりい(奈良の大仏鋳造の際に余った銅で建立されたという言い伝えがある。)と呼ばれる発心門ほっしんもんである。洞川にも近年、発心門が建てられたようだが気付かずに見落とした。(清浄大橋を渡った所に有った門が発心門であった。)

 峯入りの修行者は酒色を絶ち吉野川でみそぎをして身体を清め、心を清めて発心門をくぐって誓いをたて、修行門(金峰神社の鳥居)を経て誓いを新にし、六根清浄、懺悔ざんげ、懺悔と唱えながら厳しい山道を歩き、足の運びを間違うと登れない鐘掛岩の苦行を重ねて等覚門(亀岩の先)に至る。

 「西の覗」で自らの悪行を懺悔して断崖から身を捨てる捨身行を行なって穢れを捨て去り、裏行場の数々の難所を巡り、胎内くぐりを経て清浄な心と身体に生まれ変わって妙覚門(大峯山寺の山門)に至る。この様に大峯の峯入りとは苦行を重ねて心身を洗い清め生まれ変わる、再生を願う癒しの道でもある。

 宿坊からしばらく歩くと参道に至り、自然石で巧みに築いた緩やかな石段の先に妙覚門が見えた。

 妙覚門の脇には大峯山寺と刻んだ石碑が有り、門をくぐると道の両側には「三十三度峯入記念」の石碑が林立し、役小角千三百年御遠忌ごおんきの幡がはためいていた。

 大峯山寺の本堂までおよそ百メートル、全国の大峯講が寄進した石碑を眺めながら緩やかな石段を踏みしめ本堂に着いた。(現在の大峯山寺本堂は元禄年間(一六八八~一七〇四年)に建立された。)

 大峯山寺は標高千七百メートルの人里を離れた深山の山上に建ち、おそらく日本で一番高所に有る本格的な堂宇ではないだろうか。

 大峯山寺のお堂が開いているのは毎年五月三日の「戸開け式」から九月二十三日の戸閉式とじめしきまでとの事、我々はお堂が閉まる数日前に訪れた事になる。

 本堂は昭和の大修理を終え、昔に比べいらか(銅瓦)が美しい堂宇に生まれ変わっていた。堂内に一歩足を踏み入れると内部はロウソクの灯かりのみで薄暗く、昔と変わらぬ重々しい雰囲気が漂っていた。

 本堂は土間になっており土足で一巡出来る。本堂の中央に金剛蔵王権現が祀られ、右に役行者が祀られている。

 本堂の左奥に重要文化財に指定されている梵鐘がある。この梵鐘は奈良時代の作品で駿河の長福寺から飛来し鐘掛岩に釣り下がったと伝えられる梵鐘である。

 梵鐘には「長福寺鐘、天慶七年(九四四年)」の刻銘があるが、明らかに後の時代、伝説を基に追刻したのであろう。

 思い出せば三十数年前に大峯山寺を訪れた時、たまたま若い修行僧に会った。話が弾み若い修行僧に一杯飲みませんかと誘うと「いや酒はだめです、少々冷えるから般若湯はんにゃとうなら頂戴します。」と愉快な返事が返ってきた。それから宿坊に帰り若い修行僧と般若湯を酌み交わし話し込んだ。

 酒の事を般若湯とはうまく命名したものだ、般若とは知恵と云う意味であり、般若湯とはさしずめ知恵の酒か。

 その時の会話を詳しく思い出せないが修行僧の話ではヤクザの足を洗って僧となり京都の聖護院に所属し、大峯山寺で修行中の身であると、確か話していた。

 山を下りれば修行を兼ねて郷里の山口まで托鉢しながら歩いて帰ると話していたのを思い出した。確か、この若い修行僧に翌日の早朝、裏の行場を案内していただいたと思う。

 そして、その修行僧の案内で大峯山寺の内部をつぶさに見せて頂いた。仏像の中には正面から見ると立派な仏像であったが裏に廻ると大木を断ち割った跡も生々しいお姿の仏像が有った。

 その時、修行僧から「表と裏の違いを表現しているのでしょう、背面にはノミが入れられていない仏像です。」と説明を受けたのが印象的であった。

 この様な事を思い出しながら堂内を眺めていると居合わせた二人の僧侶から大峯山の慣用句「よう、お参り」と声を掛けられた。

 大峯山寺は修験道の根本道場に相応しく一宗一派を名乗らずいずれの本山にも属さない特異な寺である。

 この寺は天台(聖護院、金峯山寺)、真言(醍醐寺)、両宗に共属し修験三本山(真言宗醍醐派醍醐寺、本山修験宗聖護院、金峰山修験本宗金峯山寺)が管理する他に例を見ない特異な寺である。(昭和一七年(一九四二年)に取り決められた)

 寺の維持管理は吉野四ヶ寺(本山修験の別格本山喜蔵院、金峰山修験本宗の別格本山東南院、桜本坊、天台宗の寺院で有ったが単立寺院となった竹林院)と洞川一ヶ寺(真言宗醍醐派龍泉寺)が輪番で勤めている。この様に修験道の根本道場である大峯山寺は天台、真言両宗の密教寺院が管理している。


次のページ 修験道

前のページ 洞辻茶屋~龍泉寺宿坊


objectタグが対応していないブラウザです。